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今から24年前に京都でデザイン会社を起こした時にコンピューターを使い、その時のコンピューターはファイリンングシステムといって新聞記事・雑誌など記憶収納のコンピューター処理が一般でした。あえて私は画像処理に使い、その時手描きで描いたものをコンピーター処理しました、そのときのデザインが右下です。それから8年後にパソコンが世の中に出てきました。その時一般の家庭ではほとんどもつ人がいませんでした、私の機種はマッキントッシュです。当時私の周りにマックの使用者はいなく、買った代理店も知った人がいなく大変な時代でした。すべて自分で使い方を勉強し今日に至っています。左のデザインは最近作ったものです。このホームページすべて自分で作り、自分で更新しています、マックの画像処理の事なら少しは解ったつもりです、もし質問が有れば問い合わせコーナーにてご連絡下さい。

私が原爆に関心をもつように成ったのが丁度3年前にオランダ(ライデン市)にて2009年に長崎出島にて通商400年の年にあたり1年間ライデン市にてジャパン↔ライデンの400年祭が昨年ありました。その企画の主要メンバーあるモーリーアッカーマンさんと交遊がありライデン市での展覧会のテーマに原爆を選びました。それ迄原爆の事について何も興味もありませんでした私が疑似体験する為に2007年12月から2008年の3月迄広島市の原爆史料館に3回通いました、その凄さに驚き今日現在あるのは広島・長崎の犠牲者の上にある事に気がつきました。今教育の中で原爆そのものが風化しています現在、何とか後世の人に伝えないといけない使命感を感じ記録絵画として水彩クレヨンと水墨画で表現し原爆の凄さだけ表現するのではなく、これから将来この地上から核兵器廃絶に結びつけないと意味が無ないと感じ、後半は平和への祈りをテーマにしました。そして2008年の7月に福山人権平和史料館の勧めで単独で原爆絵画展を開催しました。そしてその月の末から8月にかけて、広島にモーリーさん夫妻が来日され1年振りに再会しました。主人のフレッド ローデさんは大学の数学の教授でプロのカメラマンで8月6日広島の原爆式典にて500枚の写真を撮り、その後福山から長崎の原爆式典に行かれる時直接私に貴方の原爆絵画と私の撮った広島と長崎の写真コラボレーションをライデン市にて400年祭の中で展覧会をしませんか、と質問されOKをだし昨年の5月18日から6月10日まで3週間滞在し展覧会をして帰国し、そのあと7月広島市(県立美術館)・8月福山市(ローズコム)にて5人(東誠山・フレッド ローデ・モーリーアッカーマン・飯尾千絵・上田小百合)のメンバーで(過去の記憶と明日への祈り)展を開催し、少し平和についてアピールで来たかなと思っています。今年1月1日からこのホームページの別メニューで週3点ペースで作品を紹介しますので、時々ご覧下さいますようお願い申し上げます。




私の小学時代、原爆教育の中で思い出での1つに音楽の時間に原爆の歌を皆で合唱した思い出があります。その時のフレームを少し覚えています。(古里の町焼かれ、身寄りに秘めし焼け土に今は白い花が咲くああ許すまじ原爆を三たび許すまじ原爆を我らの町に。)今年は原爆が広島と長崎に落ちて65年の月日がたちます、今の世相において日本全体的に原爆教育が薄れ8月6日と8月9日が何の日か答えられない世代に来ています。現在中学・高校生の修学旅行に原爆資料館の入館はほとんど無く外国人中心の見学者で毎年入館者が増えています。私は日本の今の教育方針はまちがつて入ると思います。高いレベルで核兵器廃絶を訴えていますが過去の現実の歴史を体験し教え、そして未来を語る教育にしないと議論に成りません。だから私は少しでも社会に寄与出来ればと思い、ホームページ中で(この地上に平和を)当時の原爆の恐ろしさ、醜さを克明に紹介し、後半は平和をテーマにしています。私は今、国内外のメッセージが、昨日と今日で18通のメールが来ました。
私にとってこの現象は非常に勇気が出ます。この企画をして良かったなあと今思っています。












